中国の習近平政権による新疆(しんきょう)ウイグル自治区でのウイグル族らイスラム教徒少数民族への弾圧や人権侵害は、日本で暮らすウイグル人にも切実な問題として降りかかっている。在日ウイグル人団体のある幹部は最近、実兄を“人質”にとられ、スパイ行為を迫られたと産経新聞の取材に明かした。故郷の家族の安否が確認できない状態が続いており、この幹部は菅義偉(すが・よしひで)首相に対し「日本政府はウイグル人に対する弾圧を黙認しない、という強いメッセージを出してもらいたい」と訴えている。
取材に応じたのは新疆ウイグル自治区出身のハリマト・ローズ氏(46)。2005年に大学院留学のため来日し、現在は千葉県内でウイグル料理店を経営する傍ら、在日ウイグル人でつくる日本ウイグル協会の理事を務めている。
昨年11月に流出した中国政府による新疆ウイグル自治区での弾圧の実態を記した内部文書によれば、17年以降、強制収容されたウイグル族らイスラム教徒少数民族は数十万人に上る。ローズ氏の周囲でも複数の親族が18年、強制収容所に連行された。観光で日本を訪れたことが理由だったという。
親族は19年に解放されたが、ローズ氏は強制収容所送りの口実にされることを懸念し、親族や故郷の家族への連絡は控えてきた。
だが昨年12月、ある異変が起きた。意外にも故郷の家族からローズ氏側に連絡があったのだ。今年2月にも家族の側から再び連絡があり、5月には、兄のたっての願いに応じ、ビデオ電話で話すことになった。
だが、見慣れない場所で椅子に座って話す兄は、顔が腫れ、身動きを取るのが不自由そうで、しきりに周囲を気にしているようだった。不審に思ったローズ氏が、別の携帯電話でビデオ電話のやりとりを録画していると、国家安全局所属だという漢族とみられる男が横から現れ、日本でのウイグル人の活動について細かく聞いてきた。
「習近平国家主席が訪日した際に、抗議活動を行った状況を知りたい」「ラビア(世界ウイグル会議元議長のラビア・カーディル氏)と連絡しているのか」
男はこうも言った。
「過去のことは全てなかったことにしても構わない。君と友達になりたい」
このときは携帯電話のバッテリー切れで、通話を終了した。その後、6月に兄からの連絡でビデオ電話をしたが、再び国家安全局の男が現れ、情報を提供するよう求めた。
「われわれに協力してくれたら、君のお兄さんや家族に一切問題は起きない」
ローズ氏は次回に回答するとして通話を終えたが、その後、アプリを削除したため、連絡は途絶えた。ただ、結果として、兄や家族の安否確認が極めて困難になり、ローズ氏は心休まらぬ日々を送っている。
「もし、少しでもウイグル協会のことを教えれば、家族の安全と引き換えに、要求はどんどんエスカレートしていたと思う」
こう語るローズ氏は、ウイグル協会理事の立場から、中国政府に対する非難声明を出したり、自身を含め、中国側から強要行為を受ける在日ウイグル人らの保護策を講じたりするよう日本政府に求めている。
筆者:原川貴郎(産経新聞)